PTSDの症例 ミンナ(3/5)
一連の夢 (3/5)
面接の中で、ミンナがテロに遭った直後に始まった悪夢から、最後に回復を示す夢に至るまで、7つの夢が取り上げられています。
① 初回に語られた悪夢。ミンナを見つめ、負傷者を救助する義務を怠ってしまったことを毎晩思い出させるような「横たわるキリスト」の男性が繰り返し登場します。しかしミンナの場合、この夢は分析を始めると速やかに消え去りました。
ミンナにとってトラウマを生んでいるものは何か。それは彼女を非難するような「横たわるキリスト」の男性のまなざしであると、ひとまずここで考えることが出来ます。
② 第二の夢(2/5にある夢)。夢の前半は彼女が体験したテロ行為が表現されています。また、彼女を非難するようなまなざし、という観点から考えれば、夢の後半部分にまなざしはまだ存在しています(「たくさんの人がいて静かに私を見つめています」)が、それはだいぶ穏やかなものになっています。
一時はスペインに帰りたくなったミンナでしたが、分析家との関係がしっかりとできて留まる選択をしました。
③ 第三の夢。ブカレスト(ルーマニア)の下水道からの脱出に成功する夢。
「私はブカレストの下水道にいます。そこではドラッグをやる非常に貧しい人たちや子どもたちがくっついて住んでいます。私はそこから出なくてはならないのですが、私の後ろにはジプシーの女性がいます。トンネルの先には光があり、私にとってこの光はとても重要なのです。私は強いんです。私はそこから脱出します」。
夢について連想するなかで、下水道にいる貧民や子供たち、ジプシーの女性とは社会のマージナルなところにいる人々をたとえたものであり、彼女はそのような社会的地位から脱出したいと思っていたことが明らかになります。しかしそれは清貧をよしとするような父親の教えとは全般的に相容れない考えでもありました。また、この夢は母親がミンナに語っていたことも連想させました。母親は「人が夢を見た後目覚めて光を見たら、夢を覚えていられない」とか「ジプシーの女性を夢に見るのは縁起が悪い」と言っていました。分析家はここからこの夢は母親が言ったこと、母親の教えを打ち消しに来ていると考えたようです。全般的に言ってこの第三の夢は、ミンナ自身がもっている希望やしたいことが描かれていると言えます。それがたとえ両親の教えに抗う内容であっても、です。
そしてこの第三の夢を見た後、両親の信仰する宗教や価値観に対して、ミンナは疑問や不満を大いに語るようになります。その宗教では安息日には労働してはいけないと命じていました。そのため、彼女の息子が自動車の故障で困ってミンナの両親に助けを求めた時にも動いてくれなかったことを、とても憤慨して語りました。
さらにこの第三の夢を見た時期のことです。彼女は職場に行く途中アトーチャ駅を必ず通るのですが、最近は時々立ち止まってそこに記されている亡くなった人たちの名前を読んでいると語ります。さらに次の週末にはカイードスの十字架(スペイン内戦戦没者のための慰霊碑の十字架)を訪れる予定だと話します。
トラウマが問題となる臨床では、トラウマに関連する場所や人、物を回避するといった症状があったり、また治療者側も積極的に回避を勧める場合もあります。ケースバイケースです。しかしミンナの場合は、第一の夢が消え去った後のこの段階で、犠牲者たちのことをあえて考えたいという気持ちになったようです。このことは「横たわるキリスト」の男性のまなざしから逃げるのではなく、それと向き合うことや、非難するまなざしを、積極的に死者としてこころの中で弔うことを試みているとも、ひとまず考えることが出来るでしょう。 (4/5につづく)